明日香川と万葉歌


明日香川に沿って走りました。

「高市郡高取山(五八四メートル)の山中畑に発し、稲淵山の西麓を廻り、雷丘の南西及び藤
原京址を北西に流れ大和川に注ぐ」(中西進編『万葉集事典 万葉集全訳注原文付 別館』 
416頁 講談社 講談社学術文庫 昭和60年 12月15日初版発行)とあるように、明日香と
いわれる地域をくまなく流れる川です。





『万葉集』にもよく詠まれてまして、「アスカガハ」「アスカノカハ」例は、巻二ー194,196〜8、
巻三ー325、356、356或本、巻四ー626、巻七ー1126、1379、1366、1380、巻八ー
1557、巻十ー1878、巻十一ー2701〜02、2713、巻十二ー2859、巻十三ー3227、3
266、3267、巻十四ー3544〜5、巻十九ー4258です(前掲書参照)。『万葉集』は巻順に
時代が新しくなっているというわけではないですが、大方、さまざまな時代に詠まれた、いわば
万葉を代表する川(奈良人は佐保川も好みますが)であるといえます。

この他、甘南備(かむなび)の郷に流れる川という例も含めると、もう少し増えます。甘南備とい
うのは神が宿る所を指すことばで、明日香・三輪・三室が「甘南備」と云われています。多くは
明日香を指すようです。甘南備の神は明日香川を帯にしている、という表現があります。

万葉における「川」の表現方法としては、男女の恋愛に関する歌(相聞)における表現と、川の
清らかさを讃える「カハホメ」、川の流れやそこに在ったものが今は無い、ということから昔を懐
かしみ、悲しむ表現のだいたい三つに大きく分けることが出来ます。

相聞関係では、明日香川がよどみなく流れていることに対して、もし淀んだらと仮定して、訪れ
の無いことを寓したり、よどみなく流れているけど、川にしがらみがあって淀んでいる、として、
男女の逢い引きを妨げるものを譬えたりします。下の二首がそういう例です。


巻七ー1379・1380 寄河

たえずゆく あすかのかはの よどめらば  ゆゑしもあるごと ひとのみまくに
不絶逝 明日香川之  不逝有者 故霜有如   人之見國

あすかがは せぜにたまもは  おひたれど しがらみあれば  なびきあへなくに
明日香川 湍瀬尓玉藻者 雖生有 四賀良美有者 靡不相


  


当時、川にかかる簡単な橋というのは『万葉集』では、「石橋(イハバシ)」「打橋(ウチハシ)」
「棚橋(タナハシ)」が多く詠まれており、中でも「石橋」は、大きな石を飛び石代わりに置いた、
本当に簡単な橋で、明日香川にもやはり誰か、恋人の許に行くために置いたようで、詠まれて
います。

巻七ー1125・1126 思故郷

きよきせに ちどりつまよび やまのまに かすみたつらむ かむなびのさと
清湍尓  千鳥妻喚  山際尓  霞立良武   甘南備乃里

としつきも いまだへなくに あすかがは せぜゆわたしし いはばしもなし
年月毛  未経尓   明日香川 湍瀬由渡之 石走無


   


明日香川は聖なる川でもあったようで、禊ぎをする、という歌もあります(巻四ー626)。その聖
なる川を讃える「カハボメ」ですが、ほめかたとしては、また見に来ようという表現、川(とそれに
付随するもの)が清らかなのでずっと見ていても飽きないという表現などがあります。 


巻三ー356 上古麻呂歌一首

けふかも   あすかのかはの ゆふさらず かはづなくせの さやけくあるらむ
今日可聞 明日香河乃  夕不離 川津鳴瀬之  清有良武
        あすかがはいまもかもとな
  或本歌 明日香川今毛可毛等奈

やや上流に行くと、上写真のように川の流れも激しく、瀬の立つ音がよく聞こえます。

巻十ー1878   詠河

いまゆきて きくものにもが  あすかがは はるさめふりて たきつせのおとを
今徃而  聞物尓毛我 明日香川 春雨零而  瀧津湍音乎 




明日香の棚田風景写真です。たしかに甘南備という感じがします。



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